無線局は群馬県吾妻郡中之条町の標高440メートルの山頂にあります。
主鉄塔のステージの高さは地上高15メートル、直径は6メートルです。ステージまでは階段で上れます。
この鉄塔は本来月面反射アンテナ設置用です。免許は当時、本省決済、何回も何回も説明、申請から2年後にやっと500ワットの変更許可がおりました。
右側、3階建ての倉庫の屋根には太陽光発電パネル出力6.4キロワットが設置されています。
眼下に中之条町、東吾妻町が一望できます。遠くに浅間山、谷川連峰、白根山等が遠望!
CQ ham radio 1986-2月号に5ページにわたり掲載されました。
「19歳でハムの宿六のもとへ」 「山の上の無線小屋」 「大きなおなかでトンツー試験」 ウサギさんからお餅をもらってネ」
「1アマ合格通知片手に離婚談判?」 「ウサギさんからの返事」 「宿六の夢」

昔(数十年前)は無線家族として多方面から注目されました。(1アマ3名、2アマ2名、当時は試験は記述式、通信術も試験官と1:1) しかし、今は小生だけが運用しています。
せっかく検査を受けて免許になっても他の家族は運用はせず趣味の押し付けには大反対!この程度のもの、何が面白い!馬鹿じゃないかと完全無視、再免許申請せずに失効!こんな筈では・・・トホホ 描いた円満な無線家族は夢物語でした。価値観の違いと慰めています。
小学生の子供たちに1アマや2アマをとらせるにはそれなりにニンジンをぶら下げたのです。
XYLは大きなおなかで1アマに合格。通信術(送信)担当の郵政技官もビックリしたことでしょう。
今は可愛い(小学生)孫に期待をして手なずけようとしているのですが・・・・
趣味の強制だとの家族の批判が再燃するのが怖いのです!
失効していたJK1ECZの免許を電子申請ライトで再取得しました。
2011,10.18, 10ワット移動しない局免許(とりあえず!技適機種で申請)
2011,12,02, 500ワット変更免許(ja1xybと同じ内容で備考に設備共用及びEME通信の免許条件を記載する)
家族の設備共用なので変更検査は省略でしたので変許可なしに、いきなり免許、簡単、信じられない!以前はは設備共用でも厳しい検査がありました。しかも、費用は開局申請(50ワット以下)の2900円のみです。やはり、簡易な手続き(技適や保証認定)によらない免許でないので2ケ月位は審査にかかります。
「奥様」はいっこうに運用する気配はありません。やらぬなら、やるまで待とう・・・JK1ECZ 殿!
4系列最大出力6.4KVAのソーラーパネル(通常は電力会社と連携運転)
ステージ中央の大型ローテーター(短波のアンテナ)
眼下は中之条町の街並み、遠くに榛名山(東京は遥か山の彼方)
給湯用の集熱器、不凍液を循環させ1階の400リッター貯湯槽のコイルで熱交換を行っている
15メートルのステージへは階段で登れる・10人一緒でもOK

1986年群馬県広報誌「グラフぐんま」より


昭和42年10月10日初の体育の日に上野の山で行われた狐狩り、今のフォックスハンティングとは全く違います。小生はエスミのMR-4Sで参戦、狐は洗濯屋に扮した人の自転車の荷台のかごの中に潜って送信、苦しかったでしょう!狐はあくまでトランシーバーをもった人なのですから!今のつまらないフォックスハンティングには興味がありません。
周波数は50メガでA3、幹事は後楽園クラブ、八木アンテナをコンジットパイプに付け参戦する輩まであらわれ公園は大パニック!関係ない人「に狐ですか?」の連発!怪訝な顔をされた来園者も多かったのです。
小生が表彰状を授与されるところはCQ誌にも掲載されました。50メガの機械は3A5の超再生の時代、受信していても電波が出ているのですから「いやはや!」翌日の新聞には上野の山のキツネ狩りが紹介されました。
何等賞だったか忘れましたがある賞品は当時、高嶺の花の電気掃除機と思いきや「電気掃除機の箱」の中にほうきと雑巾なんかもありました。参加者も大笑い!小生はCQ出版からコールブック、ロケットからマスプロの50メガ3エレを頂きました。
時代の変節は認めますがでも、「昔の方が良かった」と感じるのは小生だけではないと信じます。